「間違いない、現場を押さえた。」

「「「!?」」」

「近界民との接触を確認。処理を開始する。」

(しゅ、秀次…?!)



真っ赤なマフラーをなびかせながら現れたその人物は、なまえの幼馴染であり、ボーダーA級隊員の三輪秀次だった。
一体なぜ、彼がここにいるんだろうか。突然の幼馴染の登場に動揺を隠しきれないなまえだったが、三輪の視線は彼女でなく、雨取の頭上へと向けられていた。その視線に気づき、はっとした三雲が慌ててレプリカを背に隠す。しかし、もう遅かった。
ボーダーの管理下にないトリガーだと認めた三輪は、すぐさま同じ部隊の米屋と共にトリオン体へと換装する。彼らはここで戦闘するつもりらしい。米屋がニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。



「さて、近界民はどいつだ?」

「今、そのトリガーを使っていたのはそっちの女だ。」

「「!」」



三輪の鋭い視線が、レプリカから雨取へと向けられる。彼女はトリオン量を計測していただけの一般市民なのだが、どうやら誤解されてしまったらしい。状況がつかめず、困惑の色を浮かべる雨取を視界に入れた米屋は、おちゃらけた口調で言った。



「初の人型近界民が女の子か〜。ちょっと、殺る気削がれるな〜。」

「油断するなよ。どんな姿だろうと、近界民は人類の敵だ。」


「ま、待ってください!こいつは……」

「ちがうちがう。おれだよ、近界民は。」

「「!!」」

(く、空閑くん…!?)



三雲が誤解を解こうとするより先に、空閑はケロッとした様子で自ら近界民であることを打ち明けた。まさか、こんなタイミングで正体を明かすなんて、一体彼は何を考えているんだろうか。その場にいる全員の視線が、空閑へと集まる。三雲やなまえが冷や汗を浮かべる中、三輪は再度確認するように空閑に尋ねた。



「おまえが近界民だと…?」

「うん、そう。」

「……間違いないだろうな?」

「まちがいないよ。」



空閑は微塵の動揺も見せることなく、コクリと頷いた。そのときだったーー



ドンッドンッドンッ!!!!!


「「!?」」



いつの間に出したのか。三輪はハンドガンを空閑に向けると、一切の躊躇なく、その引き金を引いた。それは確実に彼の命を狙ったもので。撃たれた空閑は、勢いよく後ろへと吹っ飛ばされてしまう。一拍置いて、声にならない悲鳴が上がった。
あまりに一瞬のことに、理解が追いつかずにいたなまえだったが、三雲の「何してるんですか!!」という叫び声に、はっと我に返る。途端、心臓が激しく鼓動し始めた。



(空閑くんが、撃たれた?秀次に…?)



三輪が近界民を憎んでいることは、もちろんなまえもよく知っている。でも、まさか、突然殺しにかかるなんて、いくらなんでもやり過ぎじゃないか。なまえは顔を真っ青にしながら、飛ばされた空閑のもとへと駆け寄った。もはや、三輪の顔を気にする余裕などなかった。

どうやら、空閑は咄嗟にシールドで防御していたらしい。上体を起こしながら、「おれがうっかり一般人だったらどうする気だ」と、いつもの調子で呟く空閑に、なまえ達は安堵の息をもらした。
しかし、銃弾を受けたのが空閑でなかったら、本当に死人が出ていただろう。なまえは震える掌をギュッと握りしめた。ずっと黙りを決め込んでいたが、これはさすがに黙っていられない。彼女は、三輪をキッと睨みつけ、声を張り上げた。



「ちょっと、秀次!いくらなんでも、突然撃つなんてやり過ぎよ…!」

「近界民を名乗った以上、見逃すわけにはいかない。近界民はすべて殺す。それがボーダーの務めだ。」

「っ、でも…!」

「いいから、お前はさっさとそいつから離れろ。なぜこの場に居たのか、理由は後でしっかり聞かせてもらうからな。」

「……っ、」



なまえを一瞥した三輪は、刺々しい冷ややかな声でそう言った。当然だろう。なまえがいたのは警戒区域でこそないものの、警戒区域の近くにある廃駅。それも、近界民と一緒にいたのだから、彼が怒らないはずがない。
三輪の有無を言わせないその口調に、なまえは口を閉ざし、ぷいっと顔を背けた。返事もせず、その場から動こうとしないのは、せめてもの抵抗である。


この二人は一体どういう関係なんだ…?一部始終を傍観していた三雲の脳裏にそんな疑問が浮かんだが、“迅”の名を出した際の三輪の「裏切り者」発言や、空閑と三輪隊が戦闘を開始したことによって、その疑問は記憶の片隅へと追いやられていった。





死にたがりな幼馴染09





空閑のトリガーによって、何倍もの威力で打ち返された鉛弾(レッド・バレッド)が、三輪と米屋の動きを完全に封じ込む。善戦していたものの、手首すら動かせなくなってしまった以上、今の彼らに戦う術は残されていなかった。
彼らと違って殺意のない空閑は、穏便に話し合いをしようと持ちかける。しかし、それでもなお殺気立てる三輪に、なまえも何と声を掛けるべきかと考えあぐねていた。そんな時であった。

「おれの言ったとおりだったろ?」そう言って、ひょっこり現れた男を、三雲は“迅さん”と呼んだ。額に上げた男のサングラスが、キラリと太陽に反射する。赤味がかった茶髪に、重ための瞼が印象的な男だった。

誰だろう。三雲の知り合いのようだし、ボーダー関係者だろうか。突然現れた男を不思議そうに見つめていると、なまえと雨取の視線に気づいた迅は「おっ、」と目を丸くしながら、こちらへとやってきた。



「なんか、かわいい子が二人もいるな。はじめまして。」

「えっ、は、はじめまして。」

「……はじめまして。」



雨取に続いて挨拶すれば、迅はフッと唇に微笑を浮かべる。なんだか意味深な笑い方をする人だ。こういう飄々としてる人、ちょっと苦手かもしれない、と微かに眉を顰める。
迅はなまえ達に簡単な挨拶をし終えると、線路付近で転がっている三輪達の元へと歩み寄った。彼らとも知り合いということは、やはりボーダー関係者らしい。三輪の憎悪のこもった睨みに物怖じせず、迅は悠長な調子で話しかけた。



「な?秀次。だから、やめとけって言ったろ?」

「わざわざオレたちを馬鹿にしに来たのか…!」

「違うよ。お前らがやられるのも無理はない。なにしろ、こいつのトリガーは“黒トリガー”だからな。」

「「「……!?」」」


(黒トリガー…?)



またなまえの知らない言葉が出てきた。迅のその言葉に驚愕している彼らを見て首を傾げていると、隣にいたレプリカが簡単に説明してくれた。
彼曰く、黒トリガーとは優れたトリオン能力を持つ者が、自分の命と全トリオンを注ぎ込んで作った特別なトリガーらしい。そして、その性能は通常のトリガーと桁違いなのだという。

レプリカの話を聞いたなまえは、ふと空閑が前に話していたことを思い出した。『こいつはおれの親父のトリガー』『死んだ親の形見』ーーなるほど。だから、彼はああ言ったのか。そこで漸く、彼女はその言葉の意味を理解した。



「黒トリガーを敵に回すべきではない。追いまわしても何の得もない。」



そう城戸に伝えろ、と迅は彼らに言った。なまえは男のことをよく知らないが、その言葉から三雲達の味方であることはなんとなく察することができた。
すると、先程から黙っていた三輪隊の狙撃手である奈良坂が、空閑が街を襲う近界民の仲間ではないという保証はあるのか、と尋ねた。男は自信有りげに口角を上げる。



「おれが保証するよ。クビでも全財産でも賭けてやる。」

「迅さん…!」



迅の頼もしい台詞に三雲は、ぱっと表情を明るくした。

しかし、



「……“何の得もない”…?損か得かなど関係ない…!!近界民はすべて敵だ…!」

「っ、」



三輪の激しい怒声が辺りに響き渡る。ここまで怒った幼馴染を見るのは随分と久しぶりだった。彼のその憎悪のこもった叫びが、なまえには悲鳴のように聞こえて、途端に胸が苦しくなる。
ああ、そうだった、となまえは伏せた睫毛を震わせた。


近界民を駆除するためにボーダーA級隊員にまで昇りつめた幼馴染は、
なまえがピンチのときにいつも助けにきてくれるヒーローは、

なかなか己の弱さを見せようとしないだけで、決して強い人間ではなかったのだ。





「姉さん…っ」



そこになまえが辿り着いたとき、彼は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、何度も何度も彼女の名を呼び続けていた。付き合いの長いなまえでも見たことがないくらい取り乱した様子で、しかし、その腕の中にいる綺麗な女性は微動だにせず、彼の学ランを真っ赤に染めていた。
ピシャリ、と水溜りを踏むと、顔を上げた幼馴染と目が合った。彼は青白い唇を震わせながら、雨音にかき消されてしまうくらいか細い声で言った。

たすけて、と。


なまえは泣きながら首を横に振り、覚束ない足取りで彼のもとへ歩み寄ると、その雨で冷えた身体を強く抱きしめた。二人の周りには、たくさんの遺体が転がっている。そこは正しく地獄だった。雨と泥と血が混ざりあって、鼻も頭もおかしくなってしまいそうだった。
二人はボーダー隊員に保護されるまで、ずっとずっと泣き続けた。大切な人をたくさん失った日だった。



ーーそして、あの日負った深い傷は癒えることなく、ずっと彼は苦しみ続けている。

そうだ。例え敵に回すべきではないと進言されても、街を襲うことはないと保証されても、彼が近界民を野放しになどできるはずがなかった。彼にとって、近界民は大切な姉を殺した仇敵。一生ゆるすことのできない悪なのだから。



「秀次…、」



消え入りそうな声で名を呼べば、その怨念を含んだ視線がなまえへと向けられた。目があった途端、彼はくしゃりと顔を歪める。今度は傍へと駆け寄り、抱きしめてあげる暇さえ与えてはくれなかった。



緊急脱出ベイルアウト!!!」



いなくなってしまった彼の名前を、もう一度静かに呼ぶ。最後に見せた彼の悲痛な表情が、どうしても頭から離れなかった。

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